書籍・雑誌

本日の電話

ワタクシ、詩を書いておりまして

某詩人会にも所属しています。
その詩人会は、年一回本を出しておりまして、
市や県の図書館に寄贈されていますので、
誰でもワタクシの作品を読むことが可能ですし、
「著者一覧」には住所も掲載しております。
そんなわけで「自費出版しませんか」という郵便物が
やってくることはしばしばです。
いつかはやってみたい気はしますけども、
容易に出来る金額ではないことも承知しています。
ですから本日「電話」があったのには驚きました。
「あなたの作品が素晴らしい」とか言ってたんですけど、
現在、詩人会の方を休会しているので、
全巻読んでいただいたとしても作品は三つしか
表に出しておりません。
三つでどうこう言われましても・・・。
そんな訳で「今書いてないんですよー」でガチャン。
なんとなく「ネットにあったりして」と検索しました。
「こうほうしゃ」「弘報社」です。
ダンナも詩人会に所属しているので
ダンナのペンネームでも電話かかってきました。
それによると、本を出しません下ではなく、
「本の広告を出しませんか」だそうです。
まあ、仕事欲しいんでしょうけども。
片っ端から電話されても迷惑です・・・・。

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H氏賞勉強会

「午後の会」という詩の同人誌の事務局をやっているんです。

明日、その勉強会という事で資料制作・・・
「H氏賞受賞作の勉強会」という事は決まっていて、
「H氏賞受賞者」・・・今年は「岡本啓」
…「谷内修三」(毎年書評を書いている)
他に書評書いている人いないかな…と検索。
あとは、本編から数点ピックアップしてコピーします。
ついでに、ネット上の本の在庫も確認します。
詩集ってなかなか売れないんで、買いたくても手に入れにくい
場合も多々あるのです。
勉強会後、手に入れたくなる人もいるので調べておくわけです。
今年の岡本啓さんのは、新本も中古もアマゾンに在庫有り。
去年はちょっと手に入れにくかった。

で、作品をピックアップしようとして読むわけです。
良さそうだとか、好きそうだとか、
書評に取り上げられていた作品が良さそうだからとか
普通はそんな感じで読むわけですけども、
そんな理由ではなく「賞を取るような作品だから」で
読んだわけです。

ちなみ、ジャケ(ット)買いしそうな表紙です。
しかもよく見たら、表紙紙が二枚かけられてる。
青い文字の表紙を剥がすと
黄色で印刷した表紙がもう一枚入っている。
しかも2013とだけ印刷した一枚
2014と印刷した一枚の後に一篇の詩
次に「グラフティ 岡本啓」と中表紙。
デザイン的に「オシャレーーー」と感心する。
目次もおしゃれ。
巻末に大き目のゴシック書体?の数字が
書かれていて、その下に小さくタイトルなんですよね。

で、作品の方はシンプルに「詩なの?これ」と思う。
私的にはこんな長い詩は詩と思えない。
あと、少しだけど改行が変なところがある。
文法的におかしくないか?と思っていたら
「教師としては許しがたい」みたいなことを書いている人がいた。
それと、そこで改行しない方が読みやすいと思うんだけどなと
思う改行がとてもたくさんあるので
短いのでも5ページ、長いと八ページもある作品なんだけど、
それを修正したりしたら、多分半分か、それ以下になりそう。

ダンナが「手紙っぽい」と評したんだけど、
知り合いがアメリカから近況を書いて寄越したのだったら
文章の裏の裏まで推測して読んで
「元気そうね」とか「疲れているんじゃないかな」とか
書いた人間を心配するんです。
でも、読んだことで私が
「人の世話を焼いている余裕が無い」のを実感してしまった。
「いいわね、アメリカに行けて」って気分で
受け取っちゃって。
こんなんで、明日勉強会の司会できるんだろうか・・・

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岐阜県詩人会 詩集創刊

岐阜県詩人会から詩集が届きました。
創刊号です。
ここは、もともと人が多い上に
七名ほどが欠稿されただけだそうで
なかなかの厚みの出来栄えです。

ちょっと驚いたのが
ダンナが詩集最後の作品として載っていて・・・
もっとすごい人がいるのに・・・と思ったらば
50音ならぬ「イロハ順」だったのでした。
世良満久は「せ」なんで遅いんですな。
和泉祥子は五十音でもイロハでも
早めなんですよねー
「い」がたくさんいるのでトップという事も
ありませんしね。

出稿者には二冊づつ配られるので
我が家には四冊届きました。
誰かもらってくれないかな。
午後の60号も余ってるしなー

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のはらうた 

知っている人は知っている工藤直子さんの
「のはらうた」
小学四年の娘の教科書に載っていて、
授業の流れで娘も「のはらうた」を書いたらば
なかなかの出来だったので
ちょっと褒めたら、どっぷりはまっちゃった。

詩の言葉遊び的な部分好きなんだよね、ウチの娘。

で、言葉の教室の
(発音に問題があるので通っているところ)
発表会で朗読しようという事になったのはいいんだけど
学校の図書室で借りたものだから
借りっぱなしもまずいよねぇぇということで
「おかあさん、いくつかコピーしてください」と言われ…
「読んでココ」というソフトを使ってOCRしたのでした。
どれがいいのか迷っちゃって迷っちゃって
一冊の三分の一ぐらいパソコンに取り込んでしまった。

擬音が多いよね、この作品集。
子供って擬音も好きだよね。
それと、読んで聞かせる相手が
一・二年生の男の子達なので
ますますなやんじゃう。困ったねぇ。

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面白い本の落とし穴

今、娘に感想文を書かせているのね。
学校が「出来たら」とか言いつつ、
「感想文の書き方」なんてプリント二枚と
原稿用紙を貰ってきてて、
来年からは必須だって言うし、
やらせた方がいいかなぁと。

課題図書とかオススメ本とかのプリントも
もらってきていたんだけど、
家には四年生だったら読めるレベルの
私やダンナの蔵書が結構あるんで、
夏休み早々に勧めてみた。

で、「チョコレート工場の秘密」
私が子供の頃からの超お気に入りの本で、
当然映画化された時のDVDも持っている。
まずは読ませてみた。二時間ノンストップで
はまってくれて、「感想文書けそう?」
「書けそう!」まずは書くためのポイントメモを
書かせてみる・・・なんで進まないのよー
書くためにちょっと読み返しては、はまるを繰り返して
ちーーっとも進まない。
つきっきりで、どうにか書かせてみた。

翌日、DVD鑑賞会。「遊ぼう」という友達達も一緒に。
じっと見ようとしない子が一人居て
追い出してやろうかと迷った瞬間
ウチの子だけじゃなく、よその子までもが
「静かにしてっ」いい傾向だなーと。

さらに翌日から、海に行く予定。
あえて感想文の用紙を持っていって書かせようと試みる。
本がなく、メモだけなのでそれなりに進むんだけど、
DVDと本で違う部分がある辺りで混乱して
最後まで書けなかった・・・

ウォンカさんのお父さんの話は原作にはないのです。
だから、エンディングがちょっと違う。
DVDではチャーリーは家族を捨てろといわれたので
一旦ことわるんだけど、ウォンカさんが
お父さんと向き合うのにチャーリーが力を貸した結果、
家族ごと工場に来ていいことになって
みんな幸せというエンディング。
原作は空飛ぶエレベーターでチャーリーの家の屋根を
壊して入るまでは一緒なんだけど、「やめろ」という
爺ちゃん達をベットごと強引に乗せてしまって、
みんなで工場に行くというエンディング。
どっちも面白いけど、意味変るよね。
途中はかなり原作に忠実。よく映像化したなーと
感心する出来栄えです。

頑張って最後までたどり着いてくれぇぇぇぇ

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評論の事。

「午後」という詩誌を発行する
同人の「事務局」なんてのを
夫婦でやっております。

なんでやっているかといえば、
パソコン持ってて、編集作業が
一応やれるからというだけの
理由だったりしますが、
「せっかくだから」という事で
頑張っているのがネットの敷居が
高い人たちにもネット上にある
いろいろな情報を紹介することです。
(午後は平均年齢高いです)

毎年9月はH氏賞の勉強会と
決まっているので私たちは
資料を「検索」適当に
いくつかプリントアウトして
持っていきます。
他の会員の方からは、本として
売られているもののコピーが
出されます。

そこで、今年気がつきました。
ネット上に出されている物の方が
言い回しが平易な気がします。
本にあるものは
「この言い回しはわからん」と
言いたくなるような表現だったりします。
正直、詩を読んだり、書いたりする事の
敷居を高くしている人と
低くしている人だなと思いました。
でも、こむつかしい表現の人に
褒めてもらえたら、
「自分ってスゴイ」とか思えちゃうかもなー
・・・私の作品って
難しく言う事できない気がするな。
ということは、そんなことはありえないってかー

今年の受賞者は
ブログもツイッターもやっている人です。
版画家の方が表紙をコラボされたので
そちらもブログがありました。
いろんな形で、その人の作品その他と
出会う事が出来ます。
昔は「どんな人だろう??」と想像して
楽しんだ物ですが、
情報がありすぎるのも良くないかなぁと
ちょっと悩んじゃったのでした。

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誰も知らない小さな国

「誰も知らない小さな国」で始まる
コロボックルシリーズは
佐藤さとる著 村上勉絵の
児童文学なわけですが、
先日文庫版が再版されているのを発見し、
でもその時は、おこずかいが足りなくて
(全六巻なので、文庫といえど・・です)
やっと、おととい買ってまいりました。

厳密に言うと、買ったのは三巻から
六巻の四冊。一・二巻は持っているのです。
それを買ったのは高校生の時。
学校の帰り道、途中下車をすると
古本屋が二軒ほどあったので
マメに通っておりまして、見つけて購入。
それ以前、小学生の時に図書館で
「佐藤さとる全集」をハードカバーで借りて
大半読み倒してコロボックルにはまりまして。
ウチの親、本ならお金を惜しまないタイプ
なのですが
「ハードカバーは重いし、かさばるし」と
考えている内に忘れていたのを
文庫版で見つけたわけですね。
小躍りして「全巻買いたーい」
いかんせん古本屋なので揃わないまま、
四半世紀が過ぎて
「娘がそろそろ読んでもいい頃合だよね」
「気に入ってくれたら、ネットで探してでも
 全巻買いたいなぁ」
なんて思ってたら本屋さんで
「文庫版再版しましたー」だもんびっくり。

一応ネット検索をかけましたところ。
新書版しか古本では出てこなかったので
文庫版のほうが好きだし、
「娘がなんていわずに買っちゃおー」
という事で「自分のこずかいで」
買っちゃいました。

で、一回目は既に読んじゃった。
好きな本はマンガ並みの
スピードで読むんだよね、私。

そこで気がついた。
「ファンタジーや絵本といえど嘘が
 嫌いなのはこれが元かも」
まず、「コロボックル」が実在するというのを
容認さえすれば、矛盾がどこにもないのです。
設定がめちゃくちゃ細かい。
コロボックルがなぜ普通の人の目に
留まらないかという理由のために
超人的な身体能力があって、
その為に足が身長のわりに大きいとか。
人間に見つかってしまった時の用心に
あまがえるのかっぱを持っていて、
なりすます訓練も受けているとか。
日本語をしゃべるんだけど、ありえないくらい
早くしゃべるから人間には「ルルルル・・・」
とか聞こえなくて、人間と話す時のために
人間用のスピードで話す訓練もしているとか。
とことん「ひょっとした本当にいるかも」と
思わせるだけの設定がとことんあったうえで
コロボックル以外の部分は
「普通に物語」なんですよね。

「偶然にもほどがある」もないのです。
ファンタジーじゃなくても出てきますよね。
それもないのです。
「偶然?」と五巻で一瞬思っちゃいます。
五巻の主人公が、一巻目の主人公の
娘さんの友達なのですが、
その事をバラしてくれるのが五巻の
中盤過ぎなだけで必然になるように
じんわりと設定が出てくるのです。
(・・・判りにくいかな。)
偶然も一回くらいなら良いと思うのですが
それすらも無いような
おこるべくしておこっていったみたいな
展開で話が進むと
「ひょっとした本当にいるのかも」と
思えてしまうのは私だけでしょうか。

子供を馬鹿にしたような設定の
無理のある物語は消えていく気がします。
「誰も知らない小さな国」の時代設定は
戦前から始まって、戦後の話です。
一巻の主人公のせいたかさんは、
だいたい私の父や母よりちょっとだけ
年上です。やっぱり、その子供の
おチャメちゃんは私より年上。
親から子に話の中で受け継がれているので
せいたかさんの血が続く限り、
本として出なくても、お話が続くような
気にさせて、物語が終わっています。
つまり、私も娘に受け継いでいけば、
パソコンだのインターネットだのの
時代になっても繋がっていく物語だと
残っていくような気がするのです。

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一人っ子対真ん中長女


ブログネタ: あなたに“きょうだい”はいる?参加数

先日娘が「兄弟いるといつも一緒でいいなぁ」というので

「いないとケーキ独り占めだよ」とことこまかに説明したら

(重度の妊娠中毒症に罹ったため二人目の予定なし)

「じゃあ、いとこ」「にーちゃんたちに頼んでください」

従兄弟も実は、ちょっとムツカシイ。

兄にいたっては

結婚する気すらないので殆ど不可能。

弟は結婚する気があるけど彼女すらいないらしい。

でもってダンナは一人っ子。

どうもお友達から話を聞いて欲しくなったみたいなんですけど。

「一人っ子の説明書」って本を読んで

(幼児向きの本じゃないのに解るのか?)

納得したり、笑っていたりする娘でした。

ちなみに「一人っ子ってさーーーー!!!」と思うことが

多い私!!が買った本です。

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誕生日プレゼント

娘の誕生日プレゼントは、絵本で
「かんがえるかえるくん」(いわむらかずお著)シリーズの
「もっとかんがえるかえるくん」
「よーくかんがえるかえるくん」の二冊。

幼稚園から帰ってきてから渡しました。
好きな絵本の続きをあげたわけですが、
めちゃめちゃ大喜び。
なつかしのおもちゃ「わらい袋」並みと
評判の娘の笑い声が響き渡り、
親としても「よっしゃーっ!」って感じ。

早口言葉みたいな言葉遊び的文章が
娘にウケている理由みたいです。
これ、ちょっと発音がおかしくて
訓練に通っている娘にちょうどいいんです。
黙読を知りませんから、音読して
同じようで少しづつ違うフレーズを
言い続けるなんてばっちり。

それに嘘がないんです。
ちゃんとかえるくんはへびさんから逃げるし。
ねずみくんの跳躍力はかえるくんより悪いし。
たまに「嘘」っていうか
「あるかもしれないでは通らない」絵本があるんです。

実際ある絵本なんですが「ニワトリのタマゴを地面に植えて」
「木にタマゴがなって増えた」「それをニワトリを含め、皆で食べる」
「みんなで仲良く食べられて良かったね」って内容なんです。
卵は植えても増えません。木に実がなるには時間がかかります。
鶏が共食いをするのかどうか知りませんが
親が子供を食べるっていうのはどうかと・・・。
少ないものを分け合って食べたり、
独り占めしないで、皆で食べる喜びというのは大事なんですけどね。
例えば、有名なハリーポッター。
「魔法が使える人がいるところではそうかもしれない」という現象ばかり。
私達のいるところではありえない事なんだけど、
魔法の使える人を見つけることが出来れば
同じ様な事が体験できるかもしれない。
残念ながら魔法使いの知り合いはいないと解釈できるんです。
でも、卵を地面に植えたら木が生えて増えるなんて
「そんな品種がどこかにいるかもしれない」では通らないと思うんです。
「じゃあ鶏の存在意義は?」「なんでオトナ(鶏)になるの?」
・・・なんか「ちがーーーう」なんですよね。
おとなも納得できる絵本がいいと思うんだよね。

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